3.まとめ
本研究のねらいの中心は、介護の業務において、介護福祉士とその資格を有しないものの違いがどこにあるのか、そしてそのことが介護の質にどのように影響しているのかを知ることである。これは介護福祉士の制度は、国として、あるレベルにおける介護福祉士の質を担保することにあることからすれば、当然の課題認識である。このたびの介護福祉士養成の教育課程の改正もそのことをねらいとしている。
しかしながら、このことに関する先行研究は、一般に介護福祉に従事する者の業務評価であり、資格の有無による業務研究は皆無に等しいのである。このことはこの種の研究はかなり困難な課題を有することを意味している。その理由としては、介護の業務は人間関係を基盤としているので、価値、人間性、関係性のありようという質的な要素が多く含まれている。これは自然科学における要素還元的な数量的かつ客観的な評価によることだけでは解決のつかない特性を有している。介護の人間関係とは、当然のことながら、介護職員と高齢者(利用者)との人間的な相互関係を基盤としている。したがって介護職員の専門職としての要件は、利用者の主体的な生活の営みに関わって評価されるという相互変数の関係なのである。
したがって、本研究の特徴は介護職員及び施設長が、介護の業務について、介護福祉士の資格の有無に関わらせて介護をどうみるかという多面的かつ主観的な評価に重点をおいたものである。その方法は郵送によるアンケートと訪問によるヒアリングを行った。これらは介護職員と施設長の主観的な評価であるが、これは多くの主観が集合して共有化されることで客観的な評価資料となるものである。ここでの調査結果は日々実務に従事している人の思いや評価が集約されて一つの根拠(エビデンス)をもって語っているとみることができる。以上の研究によって今後の課題と提言については、研究結果から、そのエッセンスを取り出して、その意味するところから導いていくことにする。
【調査結果から】
- 介護福祉士の資格制度は、その裏づけとなる専門性を身につけていることで社会的な期待に応えるものである。したがって、介護福祉士の養成教育においては、どのような介護福祉士が求められているのかについて、社会の介護ニーズに関する情報を常に養成教育の上で活かしていくことが必要である。介護職員の自己評価においても、「何を身につけておくべきか」の指標をもっていないと、自己評価をするための根拠を見いだせないのである。したがって介護福祉士の資格を有しない者の業務評価は、一般に自己の経験からの主観的な判断によるものと推測される。一方では有資格者の自己評価は、資格を取得する過程で一定の水準を身につけているので、そこに何らかの評価指標をもって自己評価しているとみることができる。
- 施設長の介護職員に対する評価は、一般に施設長という施設の運営責任者としての視点からのものである。この場合の評価は、いわば客観的な立場から、介護福祉士の資格の有無を考慮して介護職員の業務を評価している。その結果、全般的に有資格者の業務評価が高い結果であった。ヒアリングに際し、施設長へ評価項目の提示はしたが、その評価尺度について予め明確に設定できたものではなく、いわば施設長の主観的な判断である。しかし複数の施設長の評価が同じ傾向であったことは、一つの客観的傾向を示しているとみることができる。
【今後の課題・提言】
- 高齢者の介護についての調査研究から、各介護サービスを提供する職場において、介護福祉士の有資格者ができるかぎり多く配置されることが求められる。介護を必要とする高齢者の生活支援の質的向上のためには、介護サービスの提供者の質の向上が基本的な要件である。介護は人間関係による直接的な生活支援関係であり、利用者の生活課題の解決は介護職員との関係が大きく影響してくる。このことは介護職員が介護福祉士という一定の資質が求められていることを意味している。これまで一部には、介護は人柄であり、仕事への意欲があれば資格にとらわれないという考え方があるようにも見られた。しかし今日では、介護職員の業務の広がりと人間的な深まりが社会から求められており、国民の生存権の保障として、どこでも、だれでも、いつでも普遍的な一定の質的水準のもとの介護サービスが利用できることが求められている。このたびのアンケート調査及びヒアリング調査の結果は、実践の場においてもそのことが裏打ちされたとみることができる。
- 本研究に際しての課題は、評価尺度の困難さであった。例えば施設長のヒアリングで取り上げられたテーマとしては、価値観、仕事への姿勢、態度、認知症へのケアといった項目が介護職員の評価の重要なファクターとなっている。このような人間的資質や人間関係性の領域の評価尺度は、これまで等閑視されてきたわけではないが、いまだ十分な成果を上げられないできている。
確かにピアジェ(Jean Piaget)のいうように、「人間科学の測定が困難である。」という障壁を認めるとしても、ある範囲における、評価尺度の検討が必要のように思われる。ここで提言した趣意は、理論のための理論ではなく、あくまでも施設長や介護職員にとって価値観や自己の人間的態度が実践の場において身近に認識でき、どのように利用者と向かい合えばよいかという方向性を示すものという意味である。例えば人間の尊厳と自立という価値観あるいは自立に向けた介護は、実践の場でどのように活かされるかの客観的妥当性を明らかに示すことへの研究が求められる。 - 最後に今般の研究を通じて、介護職員の資質の向上の最大の課題は、介護に対する社会的評価の問題があると考えられる。介護福祉士が必ずしも恵まれているとはいえない労働条件のもとで、日々の業務に懸命に勤めている姿は敬服に値するものであるが、そこには何らかの自己実現の思いがある。そこからさらに今後の方向性をみると、介護福祉の専門性の確立が必要である。その専門性とは生活支援における価値、知識、技術が根拠もって行われていることの論証である。そのことを社会が評価して相応の費用を充当することが必要である。また利用者にとっても、自己の生活支援には資質の高い介護福祉士が関わってくることを求めている。これらが総合されて、介護福祉士が誇りと勇気をもって介護業務に従事することができると考える。